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東京高等裁判所 昭和26年(う)5782号 判決 1952年6月03日

控訴人 被告人 原田信芳 鎌田裕

弁護人 広井義臣

検察官 大越正蔵関与

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は弁護人広井義臣作成の控訴趣意書の通りであるからこれを引用しこれに対し当裁判所は次のように判断する。

論旨第一点について。

論旨は本件金歯は死者が生存中は他の自然の歯と共に一体となつて人体の一部を構成していたものであつて、この関係は死体となり遺骨となつても存続するものであるから右金歯は遺骨の一部と認むべきであり仮りに百歩を譲つて遺骨の一部ではないとしても仮埋葬墓内に存在したものであるから棺内に蔵置した物であると主張するけれども訴訟記録によれば本件金歯は東京都が管理する戦災死亡者仮墳墓の改葬作業中に右死体より脱落したものであり、被告人がこれを取得する際既に右死体より離脱しておつたことが明らかである。而して刑法第百九十条に所謂死体とは死者の祭祀若くは記念のために墳墓に埋葬し又は埋葬すべき死体を謂うのであり且つ右死体と謂うのは全部でなくともその一部である場合も指称するのであり、同条に所謂遺骨とは前同様の目的のために火葬の上保存し又は保存すべき遺骨を謂うのであるが人工的に附加した金歯の如きものは本来人体の一部分をなすものではないのであるからそれが本件のように既に死体より離脱するに至つた場合にはもはやこれを以て死体の一部若しくは遺骨の一部と謂うことはできない。また前叙の如く本件金歯は仮埋墳墓の改葬作業中死体より脱落したものであるから所論の如く棺内に蔵置した物と謂うこともできない。従つてかような状態にある右金歯は既に死体若くは遺骨とは別個独立して純然たる財物として死者の遺族の権利に属し明らかに所有権の対象となるものと解するを相当とする。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する)

(裁判長判事 小中公毅 判事 渡辺辰吉 判事 河原徳治)

控訴趣意

第一、原判決は事実誤認に基く判決である。原判決は本件事実関係を「被告人原田信芳は(1) 昭和二十五年二月一〇日頃東京都港区赤坂南町三丁目六三番地所在の青山墓地において東京都管理にかかる金歯五本位を窃取し、(2) その三日後頃同所において同都管理にかかる金歯六本位を窃取し、被告人鎌田裕は(1) 昭和二五年二月九日頃同所において同都管理にかかる金歯三本位を窃盗し、(2) その四日後頃同所において同都管理にかかる金歯三本位を窃取し」と判示し本件を東京都管理にかかる一般の私権の目的たる物に関する犯行として認定して居る。しかしこの判定は事実誤認によるものである。公判記録によれば昭和二十六年十一月九日原審第二回公判廷で相被告人飯吉正義の陳述では、裁判官問 仕事の現場はどのようになつているか。被告人答 仕事の現場は横巾二米長十間深サ一米位の小山になつてそれを堀り返して死体を箕に入れそれから棺の中へ入れる作業でした。問 土中で死体はどのようになつていたか。答 揃えてあるのもあり棺に入つているのもあり色々でした。問 金歯をとるようになつた状況は。答 骨は大きいから手で納めることができますが金歯は小さいので箕よりこぼしてしまうのでつい拾う気になりました。被告人原田信芳の陳述では 裁判官問 作業の模様は、被告人答 今まで述べたのと同じです。弁護人問、棺へ遺骨を入れる時落ちたものをとつたのか、答 そうです。問、土を掘る時に混つていたものは、答 そのような場合もありましたがそれはシャベルを使つたのでその時死体から離れたものと思います。被告人鎌田裕の陳述では、裁判官問、とつた時の状況は、被告人答 今まで述べたことと同様です。各被告人は以上のように陳述して居るそれで本件は(1) 被告人等は東京都の監督指揮の下に適法に仮墳墓の発掘作業に従事した者であること (2) 其の作業はシャベル等を使用して覆土を取除き遺骨を箕に集めて新棺に移入する作業であつたこと (3) 覆土を取除く作業を継続中に土塊がシャベルで取除かれた其の余勢で今迄異状がなかつた遺骨が自然に崩れて其の場に骨片が落ちその崩れ落ちた骨片中に金歯も混つて落ちて居たそれを被告人等は拾ひ取つたものであること、又遺骨を集めて箕に入れて新棺に移入する際遺骨の一部である骨片が棺の外に落ちるその落ちた骨片の中に金歯も混つて居たそれを被告人等は拾い取つたこと。以上が本件の事実関係である。即ち本件は被告人等が昭和二十五年二月頃東京都が管理して居る戦災死亡者仮埋葬塚の改葬作業に東京都から傭入れられた其の仮墳墓の発掘作業に従事中に被告人等によつて行われる仮墳墓内の物件に関する犯行である。しかもその墳墓内に蔵置せられて居たものに関するのでなく遺骨それ自身の一部を被告人等が拾い取つたものである。従つて本件は私権の目的物たる一般の物と同一視し得ざる物に関する犯行なのである。遺骨を新棺に移入する際箕からこぼれ落ちたものは全部遺骨の一部である箕の中には歯もあつたその歯の中には金歯が混つて居た。又シャベルに土塊を取り除いた際に遺体が崩れて骨片が其の場へ落ちたその崩れ落ちた骨片の中に金歯が混つて居た被告人等は上記二つの場合に骨片中の金歯を拾い取つたものである。

扨て本件の金歯の種類は明かではないが金歯は大体金冠のものと全金歯のものとあるが其の何れの種類の金歯にせよ人体が生存中は金歯は他の歯と共に一体となつて人体の一部を構成して居るものである。金歯が人体の一部を構成していると云う関係は死体となり遺骨となつても存続するものである本件の如き事実関係に於いて骨片又は普通の歯は遺骨であるが金歯なるが故に金歯丈けが遺骨でなくなつて一般私権の目的物となる物であると云う理論は到底成立しないと信ずる。前にも述べたように本件に於ては被告人等は遺骨の一部である金歯を領取したものであつてその金歯は東京都が管理して居る私権の目的であるとの原判決は誤認である。百歩譲つて金歯は遺骨の一部でないとしてもこの金歯は仮埋葬墳墓内に存在して居た物であるから墳墓外に存置した物と全く其の性体を異にしてこの金歯は刑法第百九十条の「棺内に蔵置せられたる物」である。本件の場合は仮埋葬墳墓の「土盛り」箇所はそれ自身墳墓であり棺である本件はその棺内に蔵置せられたる物に関係する犯行と云わねばならぬ。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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